Futomenokachan’s blog

ペット、お料理、子育て、日常生活を書いていきます^ ^30代後半の妊婦です🎵二人目不妊を乗り越えて、待望の男の子がお腹ですくすく育ってます(^ω^)

二人目不妊になるまで。

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二人目不妊。最近よく耳にする言葉ですよねー、、、。

あ!皆さまこんにちは!

お写真は、不妊に悩み始めた頃に心のオアシスになってくれた。

今は、亡きジャスミンちゃんを使ってみました。

ああ、本当に辛かったなぁ、、、二人で闘病してた感じ笑

 

さてですね。かあちゃんは、今、第二子妊娠中なんですが。

第一子は、2011年1月に出産しております!

なので、8歳離れてしまうんですねぇ。

もちろん、計算では、ありません!!笑

今回は、二人目不妊という言葉にたどり着くまでの事でも書こうかな、、、、と、思います。

 

第一子の娘は、婚約中にまさかのタイミングで授かりました。

いや、避妊してなかったんですけど〜笑

もともと、「病院で授かりにくいです、治療が必要ですね。」と、言われてたので。

できないでしょー、できたらラッキーじゃん??くらいの感覚でした。

我々夫婦は、元々淡白なカップルだったので、まあ、休みの日は、やっとく?!くらいの、本当に若さとは無縁のカップルでした。

結婚式場も、急遽変更!不正出血で急遽退職!!などなど、早々に娘に振り回される日々、、、笑

なーんだ、治療必要とか言ってたけど、いらなかったじゃん!次は、3.4歳はなしたいなー。一人目の育児楽しみたぁーい!

などと、、、、ぼんやり考えていたものです。

その後、安産でぽーん!と、出産したかあちゃんですがー。

初めての子育てに翻弄される日々。

更には、主人のお給料がかなり減額されたり、、、転職してりで、市営住宅に引越ししてみたり。私も復職してみたり。

てんやわんやな、日々を過ごしていました。

気付いた時には、娘3歳。

やば!!次作らなきゃ!!

なんといっても十月十日←古い?

お腹で育てますしね!!

急げー!!と、主人をせっつき、コンスタントに子作り。

娘4歳→あれ?もう一年??できないな、、、。でも、まあ、大丈夫だろ!と、安易な私。

娘5歳→基礎体温毎日頑張ってつけつつ(深夜の仕事だったので、穴ばかりでしたが)さすがに、婦人科に!でも、たまたまだろうとまだ不妊と思っていない痛いかあちゃん

娘6歳→婦人科と、周りの圧力で。何もしてないのに涙が出てくる日々。初めて、「二人目不妊」という言葉を知る。

娘7歳→病院をかえてみる決意!なんと!!!

 

時系列的には、こんな感じですね笑

かあちゃん、36歳でやっと第二子です笑

安易に考えてましたー。

簡単にできるはず!だって、普通できてるし!!

、、、ああ、バカ。

娘が5歳半くらいの時からですね。焦り、病院。不妊って、なに??くらいの感覚でしたし。

周りの人も、通水とかしたらすぐできるよー!なんて、最初は、軽めの励まし笑

先ほども書きましたが、本当に淡白な夫婦なので、、、(しかも、めんどくさがり)

子作りがんばる!と、いいつつ寝る。

とか笑

今日は、ちょっと仕事あるから、、、とか笑

コンスタントには、子作りできてなかったのも一つの要因だとは、思います。

一軒目の病院では、多嚢胞性卵巣症候群

とも、言われましたし。半年以上ただひたすら検査検査検査。

その間、子作りしてませんし笑

冒頭から、「基礎体温毎日つけられないの?普通だったら、これじゃ診察できないよ。」と、叩かれ笑

ただ、かあちゃんバカだから「それなのに診察してくれるなんて!ありがたい!!」と笑

ここで、はじめて、自分だけを責める日々がはじまったんですねー笑

2018年1月に、今の病院で号泣するまで。

全ての原因は、自分にあると思って過ごしてましたからねー笑

 

赤ちゃんを見るのが、可愛いけど辛い。

羨ましい。またまたできちゃってーなんていう人にイラつく。育児放棄や虐待のニュースを見ると、なんで、、、うちにきてくれなかったんだろうと、、、涙が溢れる。

知人に、「一人っ子じゃ可哀想だよ〜」わかってるよ!!!!と、爆発しそうになるのを耐える。

全て知ってる自分の母でさえ「まだ?」「○○さん家は、三人目だってー!羨ましい〜」と、ポロっと口にする。

主人の「焦んなくても、まだ大丈夫じゃない?うるさいんだけど。」もう、崩壊、、、笑

正直、辛すぎて、離婚考えちゃったもんねー笑

娘がいなかったら、終わってましたね笑

思い出して、書いてるだけで、泣けてきてしまいます。笑

この時、不妊の辛さを知ったんですねー。

自分がどれだけ心無い言葉を使っていたか。

もしかしたら、周りにもいたのになぁ、、、なんて、今だから思えます。

 

2017年かあちゃんのとおちゃんが亡くなりました。闘病生活をしながらの父の闘病を支えるということが困難だったため、少しの間子作り中止。

このまま、諦めようかなーと、思っていました。

何故か、生理も止まり笑

父に集中できる数ヶ月。

その間、第二子の事でかあちゃんに何か言う人もいませんでした。「介護してる娘」と、いう盾を手に入れたからかもしれません。

かあちゃんは、とってもファザコンだったので笑

結局涙が止まる日々では、なかったのですが笑

ただただ、父が男の子の孫が欲しかったということは、わかっていましたし。

でも、そんな事をいう父では、なかったので。

のんびりと、看取ってあげることができました。

父を看取ったその日に、生理が再開し。

なんとなく、、、なんとなくですけど、もう一回頑張って治療してみよう!!って、思ったかあちゃん

36歳の年を、ラストイヤーにします!と、主人にも宣言!これで無理なら諦めましょう!!だから、協力して下さい!!と、ちゃんと、お話をしました。

そこから、基礎体温を、出来る限り本気で頑張ってつけ!受診予約の電話をしたところ!担当に先生(院長先生)が、お亡くなりになってました!

不妊担当の先生がいなくなってしまったため、不妊治療をお断り、、、と。

出鼻くじかれました、、、。

かあちゃんは、そこから必死でネットで不妊治療の病院を探し!!

ふと、目に付いた「産み分け」の文字。

主人に再度お願いをし。できるなら、産み分けもチャレンジしてみたい!!と。

それで、確率が減る事も無いので!笑

主人も、快諾してくれました。(サッカー好きだから男の子が欲しかったのかも、、ふふ。)

ブログ初心者としては、病院名書いて良いのか不安ですが。問題ありそうなら、誰かご指摘下さいね?

菊名西口医院」に、受診する事を決めたのです!

長くなってしまったので。

続きは、「二人目不妊が運命の病院に出会った」で!(^^)待ってます(^.^)